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訓練生たちの「登しょう礼」に涙する。

これも神戸ならではの風物詩

 

■ヤードの上で「ごきげんよう」を三声

 8月末の夜、メリケン亭でビールを飲んでいると、対岸の第一突堤に停泊中の大型練習帆船「海王丸」の姿が目に入った。飲んでいたおっちゃんが「きれいやな」と何度もため息をつく。「マストの高さがどのくらいやろ?」とメリケン亭の亭主に訊ねると、「55 mですわ。明日はあのマストの上に登って、登しょう礼をおこないます。見物ですよ」と答える。そこで急に「登しょう礼」とやらを見たくなって、翌朝、私は第一突堤へ出かけた。

 船に近づくに連れて優雅な帆船の姿が大きくなる。そして海王丸は、予定通り午前11時に出港した。離岸時には、実習生たち全員が、港や歓送者に対して、感謝の意を表するため、網に足をかけながらマストに登っていく。高所恐怖症の人間には絶対に無理だ。彼らの姿がどんどん小さくなっていく。見上げるこちらの首が痛くなるほどだ。笛の合図で、訓練生たちは水平に広がるヤードに移動する。そして再び合図とともに彼らは脱帽した上、「ごきげんよう」を三声するのだ。これが「登しょう礼」というものらしい。

 夏の空と彼らの若さが、たまらなく眩しい! 厳しい訓練に耐えながら海のプロを目指す彼ら(女性もいる)の勇気と心意気に打たれた私は、見ていて思わず目頭が熱くなり、涙がドドッと滝状態になってしまった。いかん、歳のせいで、涙もろくなってしまった。それにしても、いいものを見せてもらった。これも神戸の風物詩であり、神戸に住む者の特権といえるかもしれない。

 

■チームワークの大切さを身をもって体験

 以上は、私の個人的HP「続・ダラーガ通信」に書いた文章であり、私の「登しょう礼」初体験と、訓練生達の勇敢さを称えたものだ。 その後、素人の私には次のような疑問が湧いてきた。客船にしても、フェリーにしても、コンテナ船にしても、いまは汽船の時代である。なぜ、帆船の訓練が必要なんだろう?  困ったときは、メリケン亭亭主に訊ねるに限る。神戸商船大学(現神戸大学海事科学部)卒業生なのだから、そんな疑問にもさらりと答えてくれるはずだ。

 「帆船は、汽船に比べて、風、波、潮夕、潮流などの海象・気象の影響をもろに受けます。だから、学校で学んだ海象・気象についての基本的な知識を現場で体験する絶好のチャンスなんです。ここでしっかり自分の体に覚え込ますわけです。 もう一つは、チームワークの養成です。例えば、船の向きを変えるとき、汽船だとエンジンのボタンを押すだけですが、帆船は、風の向きを見ながら、帆の角度を全員の力を合わせて変えます。一人では無理なので、みんなで力を合わせてやる。一人が手を抜いたら、他のメンバーに負担がかかるから、手が抜けない。みんなで一生懸命やらなければいけません。 マストの上にも誰かが登って、括り付けてあるロープを解いて、降りてきてから帆を広げます。全部、人力なんです。だからいいんですよ。こうした訓練を通じて、チームワークの大切さを学びます」。

 平山亭主の説明は明解だ。実は、この海王丸に乗り込むチャンスがあったのだが、台風接近のため中止。まことに残念。次回、機会があって体験したときは、改めてレポートしたい。(2012.10.20)

 

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