波止場通信
KOBE CULTURE AND ART
桃源郷の女たち
お客さん、ここ初めてなの。前から一度来てみたかったって? 大阪じゃ、有名よね。テレビコマーシャルも流しているしさ。今宵の快楽、明日への活力、なんてね。
私の名前? 島倉です。とりあえず、乾杯しましょ。ビールって毎日飲んでるけど飽きないわね。家に帰ってからも、飲むわよ。亭主? いないわよ。別れてからはずっと一人なの。結婚なんて2度とする気ないわね。いろいろと煩わしいもの。近くに娘夫婦が住んでてね。孫の顔を見ている時がイチバン。まだ40代なのに、もうおばあちゃん。といっても、50近いけどね。
あっ、きたきた。こちら、新人ホステスの静香さんです。静香って名前は、工藤静香が好きだから付けた名前なのよね。“夕焼けニャンニャン”を欠かさず見てたみたいよ。でも、全然似てないって? お客さん、ハッキリ言うわね。確かに太めだけどね。あら、私までゴメンネ。でも似ていなくてもいいの。工藤静香になった気持ちでお客様に接すればいいのよ。
ここ何人いるかしらね。ご覧の通り、でっかいキャバレーだから、いくらでも入るわよ。あちらの方に年配のホステスさんたちが座っているでしょ。70歳代のホステスさんだっているわよ。80代のお爺ちゃんが指名するの。シニア世代にもトキメキは必要だわね。
実はね、ホステスは静香さんたちで、私たちはヘルプなの。ホステスさんは若いことが条件で、固定給があって制服も支給されるわけ。でも私たちはすべて歩合で洋服も自前。お店側としては、やはり若い女性を少しでも多く集めたいし、経営効率を考えているわけね。条件的には厳しいけど、働ける場所があるだけマシだと思っているの。だから私たちは、このお店を借りて商売をしている自営業みたいなもの。場所代もいならないしね。
入るときに、ボーイさんから聞いたと思うけど、ここは5時半からは90分間、飲み放題、食べ放題で、たったの3500円なの。だから、じゃんじゃん飲みましょ。このビール温くなったから、冷えたのもらいましょうよ。ボーイさん、おビール、2本、早くお願いね。おつまみは、あんなふうにボーイさんが木製ワゴンに載せて、広い店内を回るわけ。便利よね。この前、香港へ旅行に行ったときに、飲茶の店でも点心をワゴンに載せて回っていたの。あ、うちとおんなじだと、妙に感心したって。
客の年齢層? あなた、いろいろ聞きたがるわね。若い人から、さっき言ったみたいに、80代のお爺ちゃんまでくるわよ。最近、増えたのは、リストラにあったサラリーマンよね。グチをこぼしに来る人も多いよ。こちらこそ不幸に添い寝をしてもらっているような女性ばかりだから、お客さんの気持ちはよくわかるの。「みんな歯を食いしばってやってるんだから、あんたもがんばなさいよ」って励ますわけ。
この間入ってきた娘はさ、手首にいくつもためらい傷をつけてるわけ。リストカッターっていうの? そういう娘。でも、振りをしているだけだと思ったの。あるとき、帰りに話を聞いたのよ。小学生の頃から母親から、しょっちゅう背中に乗られて殴れてたそうよ。「私を捨てて愛人と逃げた亭主と同じ顔をしているお前を見ると腹が立って仕様がないんだよ。お前なんか生むんじゃなかった」ってわめきながら。そりゃ、死にたくもなるわよ。
あら、ショータイムだわ。舞台で踊っている3人ともフィリピーナよ。上手でしょ、日本語。気に入った娘がいれば、ショーが終わった後で、指名することもできるわよ。私ね、ほんと感心しているの。あの娘たち、日本語を一生懸命覚えるわけ。少しでもお客さんと話ができて、指名してもらおうと必死なのよ。自分のためよりも、故郷にいる家族のためよね。でも誰かのために頑張るって、ある意味、羨ましく感じることもあるわ。
もう帰るの。初めての感想はどう? 私の携帯にメールを入れておくって? じゃあ、楽しみに待っているわね。