top of page

切り絵作家 成田一徹氏

人と都会の陰影と哀感を鋭く切り取る

 

 

 

■神戸生まれの切り絵作家の作品に出会う

成田氏の「切り絵」を一度でも見たことがある人は、誰しも強烈な印象を受けたに違いない。そして心の印画紙にモノクロの残像が記録されたはずだ。 私もその中の一人である。

 5〜6年以上も前のことだ。新開にある神戸アートヴィレッジセンターで成田氏の作品が30点ほど特別展示されていた。神戸をテーマにした切り絵だったと思 う。斬新なアングルによる描写や都会的なセンスに感嘆し、その大胆で精緻な切り絵のテクニックに思わず唸った。 会場におかれていた成田氏の著作『神戸の残り香』『TO THE BAR』『切り絵入門』の3冊を購入して帰った。同じ著者の本を一度に3冊も買ったのは、これが初めてだった。それほどに魅了された。

 『神戸の残り香』と『TO THE BAR』の2冊を中心に、成田氏が描く切り絵の世界の魅力に迫ってみたいと思う。

 

■細くシャープな切れ味で、神戸を表現

 成田氏の作品は、従来の切り絵作家の作品とは明らかに大きく違う。 従来の切り絵は、田舎の風景を題材にして、線も太く、民芸調の味わいを感じさせる作品が多かった。それに対して成田氏の作品は、都会を題材にしており、線は細くてシャープ、男性的で、モダニズムの香りが紛々と漂っている。 それは、成田氏が神戸生まれであることと深く関係している。ミナト神戸のハイカラな雰囲気で育った者にとって、従来の切り絵が、なぜ田舎ばかりを題材にするのか、きっと疑問に思ったに違いない。自分が一番影響を受けた神戸という都市空間こそ最適の題材であり、神戸を題材にする以上、切り絵のタッチもモダンなものにするべきだと考えても不思議ではない。そして神戸新聞に連載した『神戸の残り香』という素晴らしい作品を生むことになる。

 

■見過ごしてしまいそうな風景や市井の人々を描く

 『神戸の残り香』。この本のタイトルの意味は深い。神戸をとり上げるにしても、すでに神戸らしい神戸が失われている、その喪失感から、神戸が神戸であった頃の風景を探し出し、その残り香をゆっくりと味わいながら記憶にとどめようとしているかのようだ。 この本の「はじめに」で、著者は次のように記している。「街も変わった。薄っぺらで陰影に乏しい芝居の書き割りのような町。そのままどこかの地方都市に駅前繁華街とそっくり入れ替えてもそんなに違和感はないに違いない。」 この痛烈な皮肉に、著者の深い喪失感と嘆きが込められている。

 この作品にはポートタワーや旧グッゲンハイム邸などを除けば、名所旧跡はほとんど登場しない。かつての喧噪が嘘のような寂れ方をしているモトコー7番街、姿を消した外人バー、巨木を扱っていた筏師もいない兵庫運河、50年以上の歴史を誇る高架下のジャズ喫茶・茶房JAVA、クラシックカメラ店、駄菓子屋さん、椿油職人、町角のパン屋さん、新開地の映画技師など、見過ごしてしまいそうな風景や市井の人々の姿を数多く捉えている。

 また、題材として私を驚かせたのが、神戸製鋼・神戸製鉄所と、軽便鉄道の橋脚だ。普通なら、およそ題材になりえないものだ。前者は、重厚長大時代の象徴でもある巨大な高炉で、後者は、山中に置き去られたような石積みの橋脚である。近年、工場萌えとか廃墟マニアの増加で、こうした近代化産業遺産への注目度が高まっているが、成田氏は、いち早くその美しさと意味を見出したパイオニアでもある。

 

■BARの魅力を明快に表現。誘惑度高し!

 真骨頂といえるのが、もう一冊の『TO THE BAR』に代表されるBARを題材にした作品である。この分野においては他の追随を許さず、これほど深く明快にBARの魅力を伝えることができる作家は他にいない。 自らライフワークというBARの世界。ミナト神戸の夜の時間を芳醇に過ごすことのできる神戸らしいグッド・バー16件を、友人T氏の詩文と成田氏の切り絵で表現した画文集『酒場の絵本』。これが切り絵作家としての出発点であり原点だ。この小さな冊子が評判を呼び、『TO THE BAR』へと発展していく。『TO THE BAR』には、神戸だけでなく、京都、大阪、東京まで含めて、単行本で64件、文庫版では74件のグッド・バーが紹介されている。 頁をめくり、BARの切り絵を見つめ、短い紹介文を読んでいると、BARのカウンターに向かい、「何を注文しようか」と頭を巡らしている自分を発見する。それほどにBARへの誘惑度が高い。 成田氏から直接BARの魅力やルールを教えてもらったことがある。例えば‥。

 BARは、基本的に一人で行くこと。

 BARは、緊張の中で楽しむもの。

 BARでは、知ったかぶりをしない。

 「日本は、世界でも最高のBARの国なんですよ。どんな地方都市にいっても、素晴らしいカクテルを作ってくれるBARが必ず数件ある」。そうかも知れない。

 

■人も都市も、光と闇を抱えながら生きている

 なぜ、成田氏がBARに惹かれたのか? 直接聞いたことはないが、想像はできる。ミナト神戸を愛する者にとって、最も神戸らしいものの一つがBARである。BARには、欧米の香りがする。重い扉をあけて足を一歩踏み入れば、非日常的世界に容易に浸ることができる。好みのカクテルを傾けながら、誰に遠慮することなく自由に物思いにふける特権が与えられる。効率主義も時流も関係ない。時が止まったかのような世界にしばし遊ぶ。光と饒舌が支配する日常生活と違って、BARは闇と沈黙が支配する世界なのだ。 そして広がる闇の空間の中でバックバーのライトで輝くグラスやメスジャケットなどが白く浮かび上がる風景こそ、黒と白で表現する切り絵の世界に相応しいものはない。

 BARだけではない。都市の魅力もまた闇が支えている。「陰影感のない都市は、魅力がない。闇が深いからこそ光が輝きを増すのだから」と成田氏はいう。 実は、光と闇は、氏の人間観、世界観に係わるテーマといっていい。人も都市も光と闇を抱えて生きている。人は、いつも希望に燃えて安定的な生活をおくっているわけではない。ときに悩み、悲しみ、怒り、嫉妬し、自己嫌悪に陥り、絶望感に苛まれたりする。様々な感情や矛盾をはらんだ存在。それが人間である。 だから闇を排除するのでなく、闇にこそ表現を与えるべきなのだ。哀しい人間が明るい応援歌を聴けば元気と勇気が湧いてくるわけではない。深い悲しみには、哀しい歌の方がいい。自分の感情をしっかりと掬ってくれる歌の方がいい。明るい広場に佇むよりも、映画館の暗闇に身をおく方がいい。人間を癒やすのは、暗い歌や闇だったりするものなのだ。 黒と白で表現される成田氏の切り絵の世界が、観る人の心を打つのは、人間という存在のあやうさ、愛おしさ、深い孤独や毅然とした精神をそこに見出すからに他ならない。

 

 大切なことを一つ忘れていた。それは切り絵に添えられている成田氏の文章のことだ。氏の文章は切り絵の線と同様に、切れ味鋭く、味わい深い。饒舌で余分な部分は徹底的に省かれ、センテンスは短い。筋肉質でヘミングウェイのような文体である。何度も読み返したくなる名文をカクテルを飲みながら味わう。これも大いなる楽しみの一つである。(2011.08.30)

 

 

 

 

さようなら、成田さん

[訃報]

切り絵作家の

成田一徹さん、逝去!

 

 

波止場通信でも紹介した、切り絵作家の成田一徹(本名:成田徹)さんが脳内出血で倒れ、10月14日、逝去されました。63歳。神戸とBARをこよなく愛した成田さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

プロフィール

1949年神戸生まれ。38歳で切り絵作家として独立し、週刊誌、月刊誌。新聞などに作品を発表しながら全国で個展、グループ展を多数開催。『神戸の残り香』(神戸新聞総合出版センター)、『TO THE BAR 日本のBAR74選』(朝日新聞社)、『成田一徹の切り絵入門』(誠文堂新光社)、『東京シルエット』(朝日新聞社)、ほか著書多数。現在、神戸新聞に『新・神戸の残り香』、あまから手帳に『カウンターの中から』、スーパージャンプに『あの店に会いにいく』、サントリー発行の冊子「ウィスキーボイス」に『バーの愉しみ』を連載中。

 2012年10月14日に、63歳の若さで逝去された切り絵作家の「成田一徹さんを偲ぶ会」が、さる1月27日、甲南大学平生記念セミナーハウスで行われた。会場は、こよなく愛したBarの関係者を中心に、マスコミ関係者、デザイン関係者、そして知人など約250人もの人が集まった。会場に入ると、知っている顔も数多くいる。 ロビーおよび会場の周囲には、私も見たことのない作品も含めて、成田さんの膨大な作品が展示されていた。まだ無名の頃の作品や作品を仕上げる前段階のものなど、貴重な作品も多く、食い入るように見た。

 そして式が始まった。おおよそ次の通り。 参加者による献花→開会宣言→発起人代表挨拶→参加者代表のお別れの言葉→献杯→思い出の映像上映→思い出の言葉(1)→献歌、思い出の言葉(2)→お礼の言葉→閉会の辞。 思い出の映像上映には、20年前のテレビ出演時のものもあり、その若々しい姿に驚く。

 それ以上に驚いたのが、献歌で登場したのが、大西ユカリさんだったことだ。そういえば、著書『カウンターの中から』(あまから手帖)の中に、新世界にあるBar「Baby」に、客の一人として切り取られていたのは、他ならぬ彼女だった。だからここで登場してもおかしくはないのだが、彼女くらい有名人の登場となると、やはり驚いた。彼女は、司会の荒川さんの伴奏で(多彩な人です)、「That Lucky Old Sun」を見事に歌い上げる。

 しばし歓談中、私は彼女の隣りに歩みを進め、話をする機会を伺った。そしてやおら話しかける。ずっと昔からファンだったこと、DVD「情熱の花」を持っていること、通天閣ライブまで出かけたこと、Babyにも時々顔を出すことなどを。すると彼女は、満面の笑みをたたえて、自ら手を差し出し、握手をしてくれたのだった。思ったよりも小さくて柔らかくて、暖かい手だった。舞い上がってしまった私は、思わず他の人に頼んで、彼女とのツーショットを頼もうと思ったときだ。成田さんの声が聞こえてきた。 「竹内さん、嬉しい気持ちは分かるけど、今日は誰のための集まりだったのですか? それを忘れてしまっては困るなあ」。 けっして怒った調子ではなく、「ここは、思い切ってすべて黒く塗りつぶした方がいいかな」と、いつものすこし照れた様子でアドバイスするような感じだった。私は、自分の愚かしさを恥じて、彼女のそばを離れた。

 「これからも時々声をかけてくださいよ」と、成田さんに心の中で呟くと、急に涙が滲んできた。 今回の忍ぶ会は、みんな成田さんへの思いが詰まった、本当に素晴らしい会だった。発起人の方々、そして世話役をしていただいた、荒川英二さん、穴田佳子さん、芝田真督さん、中島俊郎さん、樋口東光さん、吉本研作さんに改めて心よりお礼を申し上げます。(2013.02.20)

bottom of page