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あがた森魚さんへのオマージュ

あがたさんは、

天使の透かしの入った詩人でした。

映画の資料がてんこもり。その奥に小さなホールがあります映画の資料がてんこもり。その奥に小さなホールがあります

港町・小樽出身のあがたさんはやさしい人でした

奇跡の一夜

 神戸映画資料館に、あがた森魚さんの映画「きゅぽらぱあぷるへいず」と、ライブ&トークに行ってきました。電話予約すれば2000円。たった2000円です。「赤色エレジー」で一世を風靡したあがた森魚さんのライブなのに2000円。感激です。

 神戸映画資料館は、30人も入れば一杯になるとても小さな映画館ですが、アットホームな感じ。そして映画、ライブ、トークとたっぷり2時間以上楽しんできました。席が前から5列目あたりだったので、5、6m先で、あがたさんは一生懸命、歌ってくれましたし、小学生時代に夢中になった映画「海底2万マイル」や、出演した映画「夢見るように眠りたい」など、いろんな話をしてくれました。

 帰るときは、みんなを見送ってくれます。「写真をとっていいですか」ときけば、すぐに笑顔で「いいですよ」と答えてくれました。あがた森魚さんは、飾り気のない人柄で、とてもいい人でした。そして天使の翼の透かしのはいった詩人です。僕はすっかりファンになってしまいました。3つほど年上なので、呼び捨てではなく、「さん」づけにすることにします。

 

天使が紡ぎ出すすばらしい詩

 あがた森魚さんといえば、誰もが「赤色エレジー」を思い出し、「ああ、あの暗い歌ね」と一笑に付す人が多いのです。でも僕は反論したい、「暗くて悪いか?」。さらには「暗いだけじゃないぞ」と。

 何よりも、あがた森魚さんの歌詞は、詩人の手によって生まれたものです。紡ぎ出された言葉は、夜空にちりばめられた星々のようにきれいに輝いています。叙情的で、浪漫的で、少年っぽくて、シュールで、大正の匂いがして、ときに冒険的で、頽廃的で、純粋で、乙女チックで、儚げです。おかっぱ頭の少女が慣れない手つきでダンスホールではワルツかタンゴを踊ります。

 あがたさんには、稲垣足穂、横尾忠則、ジュール・ベルヌ、ジャン・コクトーといった人たちと同じ血が流れています。少年の眼差しを持ち、空想の世界に自由に遊ぶことができる特権的な人たちだといっていいでしょう。

 

人々を感動させる歌声とは?

 歌声について、感動させるのは、これまではのびやかな美しい声だと思っていました。例えば、パット・ブーンであったり、プレスリーであったり、パバロッティのような。でもそれは間違っていました。 あがたさんの声は、美しいわけでもなく、声量も少なく、ときどき音程もフラフラします。でも、聴く人の心を打ちます。なぜなんだろう。

 まず、歌詞とメロディーの美しさが上げられます。そして何よりも、あがたさんの心のうつくしさが伝わってくる声が魅力的だからでしょう。 あがたさんの歌は、いわゆる泣き節です。声が泣いています。魂が泣いています。泣くより仕方のない、人生の儚さと愛おしさが伝わってきます。 つまり、人を感動させる声は、メッセージ力のある声なんだ。そんなことに気づかされました。

 

ステキな特別付録から考えたこと

 長男がもっていたあがたさんのCDボックス『永遠の遠国』の箱を開けてみました。なんと、肝心のCDはなく、入っていたのは、特別付録の小冊子『二○世紀少年読本』だけ。それもとびきり分厚い冊子です。ページを開いてさらに驚きました。それはあがたさんが興味持ったものだけをチョイスした20世紀の年表と、それに合わせた写真と意匠(デザイン)、そしてあがたさんの文章を組み合わせたものでした。

 序文は、まるでシャンパンの泡がはじけるような素敵な文章でした。あがたさんは「20世紀は、20年代と30年代が一番美しい」と宣言していました。 2つの大戦を体験した戦争の時代に生まれなくて良かったと思っていたので、あがたさんの主張に驚きました。でもよく読むと分かってきました。なぜ、20年代、30年代が美しいか。 20世紀前半は、戦争の世紀であり、実はやはり辛い時代だったのです。それが現実です。だがそんな辛い時代の中で、人々は、映画や飛行船を発明し、ダダやシュールレアリズの文芸運動をおこし、ジャズを奏で、恋をし、賢明に生きたです。自分の運命がいつ途絶えるかもしれないという絶望的なまでの不安を抱えながらも。だから、美しい!といっているように僕には思えました。

 

醜悪な現実への戦い方はいろいろ

 「現実は永遠に醜悪なのだ」。だから、「現実に手にしようのない時刻のみが永遠に美しいはずである」とあがたさんは断言します。一見、現実逃避的な発言に見えるかもしれません。でもそうではありません。あがたさんは、醜悪な現実の上澄みを掬って、夜空に星空をちりばめることで、現実にうちひしがれている人々たちに、夢見ることの大切さを伝えようとしているように思います。

 政治家や社会運動家は、拡声器やマイクをもって街頭で主張を訴えたり、議会に進出して現実改良に取り組めばいいでしょう。でも芸術家たちは、他のさまざまな手段で戦い、夢みる力、偽善や嘘を見破る方法、勇気の素晴らしさなどを人々に提供してくれるのです。(2010.07.29)

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